その頃の溜り場になっていた下北沢の飲み屋で、ビールを飲みながら彼は聞いてきた。
「なぁbinpakuさぁ~、俺はいったい何しゃべったらええんやろか?」
彼は当時自分が担当していたバンドのボーカリスト。
ある音楽イベント(アマチュアコンテスト)に、ゲスト審査員として呼ばれたらしい。
「審査員なんてやったことないでぇ」
彼はそう言って困っていた。
「あんたプロなんだからさ、アマチュア相手に粗探し始めたらキリがないよ。とにかくなんでも良いから相手の一番良い所を見つけ出して、まずは褒める。すべてはそこからだよ」
そんな事を彼に話したような気がする。
否定から入るのは簡単だけど、肯定から入るには1歩引いた心の余裕ってもんが必要だと思っている。
彼のような名のあるプロが発言する場合、そのコメントは思った以上に重く受け止められることが多い。審査する対象がアマチュアで、あら削りの原石であればなおさらだ。だからこそしっかりと言葉を選ぶ必要があるんだよ。
自分は仕事柄、ストリートバンドのスカウトとか、オーディションをたくさんやってきた。彼はその事をよく知っていたので、聞いてきたのだと思う。
実際、オーディションの審査って難しい。
特にレコード会社や放送局などが主催するプロ選考目的のオーディションだと、審査ひとつで出演者の人生を左右する場合もある。
だからどうしても慎重になる。
審査を通してデビューさせたとしても、必ず売れるという保証はどこにもないからだ。
今でも忘れられない出来事がある。
あるプロ選考のオーディションで最終審査に残ったバンドがいた。
そのメンバーの1人にY君 (仮)という大学生がいたんだ。
彼はギター担当でそのバンドのリーダーでもあったのだが・・・・・
当時彼は大学の4年生で、実は誰もが知っている大手商社の内定がすでに決まっていた。
ひょんなことからその事を偶然知ってしまった自分ははなはだ困り果ててしまった。
もしバンドがグランプリを取れば、彼が取るであろう行動がなんとなく想像出来たからだ。
その時はホント真剣に悩んだよ。彼の就職のことなんて、正直知らなきゃ良かったって思ったさ。
さんざん悩んだ末、最終的に自分が取った苦渋の選択は、
バンドを落としてボーカルだけをデビューさせるという残酷なものだった。
ずるいよね。選択の対象から彼を外したんだ。
もしかしたらその時の自分は
選択する責任の重圧から逃げ出したかったのかもしれない。
この時の判断は自分の中に大きなわだかまりを残した。
そしてそれ以来ずっと自問自答を繰り返す事になる。
そしてそれから数年が経ったある夏の日。
とある有名な野外音楽フェスを見に行った自分は
そこで目を疑うような光景に出くわす事になる。
ステージの上には新しくデビューしたバンドでギターをプレイする、あのY君の姿があった。
そのバンドはその後も快進撃を続けて人気バンドとなり、数十年経った現在もなお現役で活動中だ。
結局彼は、商社マンになる道を捨てて、音楽に自分の未来を賭けた。
それが彼の自分自身に下した最終選択だったわけだ。
あの時の自分の判断が正しかったのかどうかなんて、正直よく分からない。
きっと答えなんて無かったのかもしれない。
でもステージ上で飛び跳ねてギターをプレイしている彼の姿を見ていたら、胸につかえていたものがすぅ~っと消えていったような気がしたよ。