京都の祇園でゴミ問題が起きているとニュースで流れていた。
海外からの観光客が急増してゴミのポイ捨てが目立つようになったという。
祇園じゃないが高野山でも2600人しかいない町に海外からも含めた観光客が140万人も殺到。落とすゴミだってハンパじゃないそうだ。
京都に限らず世界中どの都市でもゴミの問題は少なからず抱えている思うよ。
ゴミというと脳裏に焼き付いていて、いつも思い出す場所がある。
フィリピンのマニラ市にスモーキーマウンテンと呼ばれる一帯がある (いや、あったと言うべきか)。
巨大なゴミの山だ。
山のように堆積された大量のゴミが自然発火して燻ってモヤっている。
だからスモーキーマウンテンと呼ばれるようになった。
昔の東京でいえば夢の島(東京湾のゴミの埋立地)が都心にあるようなものかな。
そしてそんなゴミの山の中にスラム街があり、そこに2万人もの生活貧困者がゴミを拾って生活している。
家族もいる。
そんな家族の子供たちのために地元の教会が建てた小さな学校もある。
昔、フィリピンのコーラスグループの仕事をしていた頃、実際にそこに行って歩いたことがある。
見上げるほどに高く積もったゴミの山に暮らす人々を見て唖然とした。
そして生まれてはじめて嗅ぐような、酸っぱくて強烈な悪臭。
歩いたスニーカーに付いた臭いが1週間経っても取れなかった。
一体どうしたらこんな事になるんだろうか?
本気でそう思ったよ。
これまで海外のいろんな街を歩いたけれど、日本の街のゴミの少なさは特別だと思う。こんなにゴミの少ない国は滅多にない。
海外から来たスタッフもみんな口を揃えて、日本の街のゴミの少なさを称賛する。
何故なんだろう?
日本人の道徳(モラル)のせいか、教育か?
それとも宗教か?
いやいや圧倒的にクリスチャンが多いフィリピンであの有り様だから、あまり宗教は関係無いような気がする。
教育か?モラルか?
昔の明治時代や江戸時代の街の様子はどうだったんだろう。
ゴミのポイ捨てとかあったのかな?
そもそも江戸時代には今風のゴミなんてなかっただろうけどさ😊
世界でも類を見ないほどゴミの少ない日本の街。
その姿がいま変わり始めようとしている。
コロナ禍が一旦過ぎて円安で
海外客が急増している今がちょうど良い機会かもしれないね。
いちどきちんと考えてみたいゴミの事。
時代が変わり環境も変わり、今までのような性善説が通用しなくなったのだとしたら、強制力のある新しい規制やルールが必要なのかもしれない。
たった一つの小さなポイ捨てゴミが、大量のゴミの呼び水になる。
そして一度汚れ始めたら、そう簡単には元に戻らない。
それだけは確かなような気がするよ。